川崎市テニス協会

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テニスの歴史

古代ローマでは、皮に羽毛などをつめたボールを手で相手に打ち、相手はそれをまた手 で打ち返すというゲームが、フォリスとかトリゴンとか呼ばれていました。

現在のテニスに近い競技は、12世紀頃(日本では鎌倉時代)フランスの修道院などの回 廊で球を手で打ち合うことから始まったと言われています。そのためテニスはポーム (手のひらゲーム)と呼ばれていました。
ポームは宮殿や教会の室内や壁に囲まれた庭で行われていました。フランスの歴代の王 はポームが好きだったようです。
このゲームは13世紀にはイタリアへ広まりました。今日のガット(羊の腸)を張ったラケット は14世紀にイタリアで発明されています。ラケット (Racquet, Racket)の語源はイタリア語 のRachettaで、これはラテン語の Rachete(手首もしくは足首)からきています。
ちなみに「テニス」という言葉の語源は、フランス語の「tenez(トネ-)」だそうです。 「ボールに飛びつけ!」と言う意味の言葉が訛ったものだそうです。

さらにテニスが盛んになったのは16世紀になってからです。時のフランス皇帝ルイ14世が ヴェルサイユ宮殿の「テニスコートの間」で貴族相手にテニスを楽しんだそうです。

現在のテニスの始まりははっきりしています。1874年2月23日です。この日イギリスのウィ ングフィールド少佐が屋外でできる新しいラケット・ゲームとしてラケットとネットとボールと そのルールをセットにした遊びに3年間の特許を取りました。
このゲームにウィングフィールドはスファイリスティク(ボールゲームの意味) あるいはローン・テニス(ゲームの特徴が芝生のコートを使用した)という名前を付けました。
彼の発明したこのゲームは屋外で男女ともにでき、運動になるという点でこれまでのいかな るスポーツとも異なっていました。
あっという間にこのゲームはローン・テニスという名前で人気になりました。

日本に入ってきたのは1876年、横浜・山手公園にローン・テニスが入ってきました。
2年後に我が国初のテニスクラブ(横浜インターナショナル・テニス・クラブの前身)が発足しま した。現在、クラブの入り口に、「日本庭球発祥之地」と彫られたローラーの記念碑があります。
元デビスカップ(デ杯)選手の安部民雄の書になるこの碑は、1878(明11)年、横浜外国人居留 地の人々が、自分たちのためにクラブとコートをつくった史実にちなんだもので、 創設から100年後の1978(昭53)年に除幕されました。

テニスのゲーム

テニスのポイントの数え方は独特です。ポイントがないことを「ラブ」といいますが、 これは、数字の0の形状が卵に似ていることから、洒落気の多いフランス人がフランス語で「Oveff」(卵)と 言っていたことに始まります。
フランスからテニスを輸入したとき、洒落を真に受け、しかも誤って「ラブ」と聞き間違えたことから 「ラブ」となったそうです。
1ポイントが15、2ポイントが30、 3ポイントが40という言い方には定説がないようです。

テニスコートの名称

コート名称の図 コート名称の図

ゲームのカウント

テニスのカウントは以下のように数え、1、3、または5セットを行う。
5セットというのは最大で5セットを行うゲーム形式、すなわち、 先に3セットを取った方が勝ち(マッチ)となる。

第1カウントは「15」、第2カウントは「30」、 ところが第3カウントは「45」ではなく「40」となっている。
これはそもそもは「45」だったのだが、「フォーティ・ファイブ」だと、 コールするのに 長すぎるため、「5」を削ったとのこと。6ゲームを1セットと数える。
先に6ゲームを取った方が1セットを取ったことになるのだが、 ここで「2ゲーム以上の差をつけてというルールがある。
5-4から1ゲームを取れば6-4で1セットになるが、 5-5から1ゲームを取って6-5になっても、 2ゲーム以上の差がついていないためセットにはならずゲームは続行となる。
この場合、続けてもう1ゲームとって7-5となれば、無事1セットとなる。
6-5から相手に1ゲーム取られてしまい6-6となった場合、 一般的に2通りの決着方法がある。

A.ロングゲーム: 「2ゲーム以上の差をつけて
B.タイブレークゲーム: ゲーム時間を短くして決着を付けるためにできたルール。 現在ではほとんどがこの方式を採用している。
ゲームカウントが6-6になった時点で、特殊なゲーム形式に入る。
カウントは1ポイントにつき、そのまま「1,2…」と数える。
現在主流となっているのは「12ポイントのタイブレイク」と呼ばれるもので、 先に7ポイントを取ったほうがタイブレイクの勝者となり、セットを取る。
ゲームカウントは7-6となる。 したがって,ゲームカウントを見れば、タイブレイクであったことがわかる。
ここでも「2ポイント以上の差をつけて」というルールがあるため、 7-5なら「セット」となるが、 6-6になってしまった場合は どちらかが相手に2ポイント差をつけるまでタイブレイクは続けられる。

川崎市テニス協会のご案内

川崎市テニス協会は昭和31年2月に川崎市内事業所5社の加盟で創設され、 川崎市体育協会の主要団体として、川崎市民と川崎市当局の大きなご支援をいただき、 伝統あるテニス競技を主体に50年以上の活動を続けています。
また、川崎市テニス協会は川崎市のテニス愛好家を代表する団体として、 現在、川崎市内の事業所、高校、テニスクラブ、同好会の120団体、約5,500人の加盟員を擁しています。
役員はその加盟団体から推挙され一般市民、会員とともに主管、主催テニス大会及び テニスの普及活動等の維持と発展に努めています。
更に、創設時からテニスの初心者から上級競技者までの幅広くきめ細かな地域活動を通して、 神奈川県、関東及び全国の上部テニス協会との連携を図りテニスの普及啓発に貢献しています。
当協会の主な組織と役割は次の通り

【競技委員会】

市制記念テニス大会(ダブルス)、市民総合テニス大会(シングルス): 川崎市の伝統ある重要な大会として参加者数も約600組、1000名と全国でも有数のマンモス大会と自負している。
平成19年からはベテラン年齢種目はJOP公認対象大会となり、更に重要な大会となった。
その他、3大会の計画、運営を担当

【実業団委員会】

実業団対抗テニス大会:当協会の組織の原点でもあり、 協会創立の昭和31年から川崎市テニス協会の歴史とともにある大会である。
これまで社会人のテニスの向上、企業の福祉厚生にも大きな貢献を果たしてきている。

【普及指導委員会】

テニス教室、日本テニス協会公認審判員制度、神奈川県テニス協会公認指導員制度の推進、 市営コートにおいて初級者から中級者対象として、丸1日のテニス教室を開催している。 参加者数は年々増加している。
今後、ジュニアを中心に継続的なテニス教室の開催を推進していきます。

【ジュニア委員会】

ジュニア委員会は主に高校生を対象とした大会、普及指導活動を実施している。 川崎市内の高校の普及指導に努めている。川崎市内の私立の中学、高校は従来からテニスが盛んで 全国レベルの選手も多い。しかし、川崎市立の中学校では未だに硬式テニス部が存在しないので、 高校においても選手層の薄さが懸念されるところである。早急な中学生以下のジュニア育成の具体化が望まれる。
この中学生以下のジュニアは私立の学校並びに民間テニスクラブに依存してきたところが大きい。
これからは、協会も積極的に関与して一貫性のあるジュニアの育成を進めてゆく。

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